大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(ワ)7188号 判決 1980年6月04日

原告

高橋信博

右訴訟代理人

大野好哉

被告

高橋已代作

右訴訟代理人

米村正一

主文

原告の主位的請求を棄却する。

被告は、原告に対し、原告が金六五〇万円を支払うのと引換えに、別紙第一物件目録二の建物につき、昭和五三年四月五日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつ、訴外鎌田武夫に対して有する右建物についての返還請求権を譲渡して、同人に以後右建物を原告のために占有せよと通知せよ。

原告のその余の予備的請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  主位的請求

被告は、原告に対し、別紙第一物件目録二の建物を収去して、同目録一の土地を明渡せ。

2  予備的請求

被告は、原告に対し、原告が金五三四万八、九八〇円を支払うのと引換えに、別紙第一物件目録二の建物につき、昭和五三年四月五日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつ、訴外鎌田武夫に対して有する右建物についての返還請求権を譲渡して、同人に以後右建物を原告のために占有せよと通知せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  右1につき仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(請求原因)

一  原告の父である高橋松五郎は、昭和二二年二月、被告に対し、別紙第一物件目録一の土地(以下「本件土地」という)を、普通建物所有の目的で期限を定めず、賃貸して引渡した。ところが、右高橋松五郎が昭和三六年五月二八日に死亡したので、原告は、同日、右賃貸人の地位を相続によつて承継した。

二  右賃貸借契約は、昭和五二年二月末日の経過に伴い、期間満了により終了した。

三  ところが、被告が依然として本件土地上に別紙第一物件目録二の建物(以下「本件建物」という)を所有して本件土地の使用を継続するので、原告は、同年三月一六日、被告に対し、被告の本件土地の使用継続について異議を述べた。

四  右異議の正当事由は次のとおりである。

1 原告は、その長男である高橋茂雄が近く結婚する予定であるため、それの新居の建築用地として本件土地を是非とも必要とする。

2 被告は、本件建物のほか、別紙第二物件目録一ないし六の各土地を所有し、さらに同目録七、九、一一の各建物を所有してそのうち七及び九の建物を他に賃貸して賃料収入を得ている。

また、同目録八及び一〇の各建物の所有名義人は被告の養子高橋勝彦であるが、それらの実質上の所有者は被告である。

3 被告は、昭和五二年五月二五日、右高橋勝彦の家族を含む家族全員とともにそれまで居住していた本件建物から同年四月二六日に新築のなつた別紙第二物件目録八の建物に転居してしまい、本件建物に居住しなくなつた。のみならず、被告は、同年六月、訴外鎌田武夫に対し、本件建物を期間五年の約束で賃貸して引渡したので、現在、本件建物には右訴外人が居住してこれを占有している。

4 原告が本件賃貸借の期間満了直前である同年二月中旬に被告と本件賃貸借契約の更新料について協議したことはあるが、このような協議をしたのは次のような事情による。

すなわち、原告は、同年一月ごろ、被告が別紙第二物件目録八の建物を新築中であることを知つたので、本件賃貸借の期間満了とともに被告が右建物に転居して本件土地を原告に明渡すものと思い、この旨を被告に申し入れたところ、被告が「新居には自分だけが住む。本件建物には養子の高橋勝彦がその家族とともに引続き居住するので、本件賃貸借契約を更新してもらいたい。」と回答してきたので、この回答を真実と思い、更新料の額について協議にはいつたのである。しかして、この協議によつては右更新料の額について合意に至らず、もとより本件賃貸借契約の更新が合意されたこともなかつた。

そして、前記3の事実に照らして、被告の右回答が虚言であつたことは明白であるから、原告と被告とが更新料について協議したからといつて、これにより原告が原告に前記異議の正当事由がないことを自認したことにはならない。

5 ところで、原告は、被告が主張するように、本件土地をその一部として含む別紙第三物件目録一の土地を所有し、そのうえに同目録二の各建物を所有してそのうちの1及び2の建物に居住しており、さらに同目録三のとおり同目録一の土地の一部を第三者に賃貸している。そして、これまた被告が主張するように、同目録二の3ないし7の各建物については、原告は、これらをいずれも第三者に賃貸している。しかし、仮にこれら賃貸借の期限が到来しても右賃借人らがここを生活の本拠としている現状では、その明渡を得ることは困難である。また、同目録三の各土地については、賃借人らがそれぞれ地上に建物を所有しておるため、賃借人らから右土地の明渡を得ることは一層困難である。

そして、同目録四及び五の土地、建物については、なるほど被告の主張するとおりの原告の妻らが共有し、賃貸しているところであるがために却つて妻の自由になるものではない。

なお、本件土地は、原告が居住する同目録二の1及び2の各建物の存在する土地に近接しており、長男の新居用地としては最適のところに存在する。

6 以上のとおり、被告は、本件土地に生活の本拠を置かずこれを他に置いているばかりか、多数の土地、建物を所有(一部を養子の高橋勝彦所有名義で)してこれから多額の賃料収入を得ている。したがつて、いま仮に本件賃貸借が終了して被告が本件土地を原告に明渡さねばならないことになつても、これによつて、被告は、本件建物から得る賃料収入の途を失うにとどまり、生活の本拠や生活の大部分の糧を奪われるわけでもなく、その受ける打撃は大したこともない。

一方、仮にこのまま本件賃貸借契約が更新されるとき、原告は、長男の新居予定地を他に求めなければならなくなるのみならず、次の更新時となる昭和七二年二月末日が到来するまでたといその間に原告に自己使用の必要が生じても、本件賃貸借の消滅を請求できないという不利益を忍ばねばならないことになる。

五  よつて、主位的に、原告は、被告に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡すよう求めるものである。

六  ところで、被告は、本件第五回口頭弁論期日(昭和五三年四月五日午前一〇時三〇分)において、原告に対し、本件建物の買取を請求したので、仮に前項の主位的請求がそのままには容認されず、この本件建物買取請求権の行使を容認すべきとすれば、原告は、後記のとおりの予備的請求をするが、この本件建物の買取価格は次の1及び2の価格を合算した金五三四万八、九八〇円であると考える。

1 本件建物の価格

本件建物は、昭和一〇年に建築されたものですでに耐用年数を経過している。そして、所轄都税事務所の固定資産税評価額は、金四六万六、四〇〇円であるところ、本件建物には前記四項・3のとおりの借家権が付着しているので、右価格はさらに三〇パーセント控除さるべきである。以上によれば、本件建物の価格は、金三二万六、四八〇円となる。

2 場所的利益

本件建物の場所的利益の価格を次のとおり算定する。

(一) 本件土地の更地価格

金五〇万円(ただし、3.3平方メートル当り。以下同じ)

(二) 本件土地の借地権価格

金三五万円(右(一)の七〇パーセント相当)

(三) 借家権付着による減価

金二四万五、〇〇〇円(右(二)について三〇パーセント減価)

(四) 場所的利益の価格

金一二万二、五〇〇円(右(三)の五〇パーセント相当)

本件土地は、およそ四一坪(3.3平方メートルの四一倍)であるから、本件建物の場所的利益の価格は、金五〇二万二、五〇〇円となる。

七  そこで、予備的請求として、本件建物に前記四項・3のとおりの借家権が付着していることを考慮して、原告は、被告に対し、原告が被告に金五三四万八、九八〇円を支払うのと引換に本件建物につき昭和五三年四月五日付売買を原因とする被告から原告への所有権移転登記手続をするよう求めるとともに、被告が訴外鎌田武夫に対し有する本件建物の返還請求権を原告に譲渡し、かつ、同訴外人に以後本件建物を原告のために占有するよう通知することを求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一項の事実を認める。

二  同二項の事実中、昭和五二年二月末日に本件賃貸借の期限が到来したことは認める。しかし、本件賃貸借契約は法定更新され、なお継続中である。

三  同三項の事実を認める。

四  同四項の事実について

1 1の事実中、原告の長男である高橋茂雄が近く結婚する予定であることは知らないが、その余の事実を否認する。

2 2の事実中、前段記載の事実を認める。後段記載の事実については、実質上の所有者が被告であるとの事実を否認し、その余の事実を認める。別紙第二物件目録八及び一〇の各建物の所有者は、名実ともに被告の養子高橋勝彦である。

3 3の事実を認める。

4 4の事実中、被告が原告に対して原告が主張するような回答をなし、原告と被告とが昭和五二年二月中旬に本件賃貸借契約の更新料の金額について協議したが合意に達せず、右契約を合意によつて更新するに至らなかつたことは認めるが、右回答が虚言であつたことは否認する。

被告は、自らは新築中の別紙第二物件目録八の建物が完成したときにこれに転居する予定であつたが、養子の高橋勝彦は、通勤及び子供らの通学の便宜上本件建物に残る予定であつたのであり、ただ、その後に生じた諸般の事情から勝彦一家も被告とともに転居せざるをえなくなつたもので、原告を故意に欺くために被告が右のような回答をしたのではない。

しかして、原告が被告と右のとおり更新料の金額について協議したことは、原告が本件賃貸借契約の更新を拒絶する正当な理由のないことを自認していたからにほかならない。

5 5の事実中、本件土地が原告の居住する別紙第三物件目録二の1及び2の各建物に近接して存在していることは認めるが、それがために長男の新居用地として最適であることは考えられない。

その余の点については、のちに触れる被告の反論の項において主張する。

6 6の主張を争う。

すなわち、本件賃貸借契約が更新されないことによつて被告の蒙る損害は、単に本件建物からの賃料収入を失うというにとどまらず、なにかの事情で被告が本件建物以外の居住建物を失つたときに必要となる生活の本拠地を失うことにもなる。また、本件賃貸借契約が更新されたとき、本件土地についての借地権が長期間にわたつて保護されることは、借地法立法の精神に照らして少しもおかしくないし、原告は、この間、地代という定期の収入を得られるのであつて、原告の損害が右契約が更新されないときに蒙る被告の損害を上回るとはいえない。

五  原告主張の正当事由に対する反論

1 原告は、近く結婚する予定であるという長男の新居用地として本件土地を必要とすると主張するが、そもそもこのような必要が原告に固有な必要とはいえないから、これをもつて自己使用の必要があるといいうるかは疑わしいことである。のみならず、本件土地上の本件建物にはすでに訴外鎌田武夫が借家人として居住しているから、原告が本件土地に長男の新居を構えるにはまず右訴外人を本件建物から退去させねばならないが、このようなことが近い将来にそう易々と実現するものではない。むしろ、のちに触れる原告所有の幾多の貸家、アパートに新居を設定することこそ実現容易である。また、原告夫婦が現に居住する別紙第三物件目録二の1及び2の建物は合計して約一八〇平方メートルもの広さがあるのに、長男が今や老齢の父母(原告夫婦)と同居せずに別に新居を構えるなどということは常識上考え難いし、また現に原告夫婦と同居している長女もいずれ結婚により他に転出するであろうことを考えると、長男の新居を別に構える必要など一層ないことである。

このように、長男の新居用地として本件土地が必要であるという主張は、本件賃貸借契約の更新を阻止せんがために作り出したためにする主張というべきである。

2 原告は、被告が昭和五二年五月二五日に養子の勝彦ら家族とともに一家をあげて本件建物から他に転出し、今や被告が本件土地、建物に生活の本拠を置いていないことを正当事由のひとつとして主張する。

しかし、正当事由の存否は、本件賃貸借の期限が到来した同年二月末日を基準時にして判断すべきである。しかるに、原告のいう右異議事由はこれから数ケ月を経過したのちに生じた事情をいうものであり、これは本来異議事由のひとつとして取りあげるべくもないものである。

3 原告は、本件土地を含む別紙第三物件目録一の土地を所有し、その地上に同目録二の各建物を所有してそのうち1及び2の各建物に妻、長男、長女らとともに自ら居住し、その余の3ないし7の各建物を第三者に賃貸しており、さらに同目録三のとおり同目録一の土地の一部を第三者に賃貸し、それぞれ賃借人らはこれら土地上に建物を所有している。

また、原告の妻は、その実母や姉妹らとともに同目録四の土地を共有し、その地上に同目録五の建物を所有してこれを他に賃貸している。

このように、原告やその妻は幾多の土地、建物を所有ないし共有しており、長男の新居を構えたいという事情のほかには本件土地を必要とする格別な事情をもたない。そして、すでに述べたように長男の新居を是非とも本件土地に設立しなければならない理由などなにもない。

(抗弁)

仮に原告の異議に正当事由があるとするならば、被告は、本件第五回口頭弁論期日(昭和五三年四月五日午前一〇時三〇分)において、原告に対し、本件建物を金一、八一八万円の価格をもつて買取るよう、いわゆる建物買取請求権を行使した。よつて、本件賃貸借契約が期間満了によつて終了したとしても、主位的請求は失当である。しかして、右価格の算定根拠は次のとおりである。

1  本件土地の更地価格は3.3平方メートル当り金七〇万円相当であるから、その借地権価格を七〇パーセントとみれば、本件土地全部の借地権価格は金二、〇一八万円となる。

2  原告は、被告と本件賃貸借契約の更新料を協議したとき、被告に金二〇〇万円の更新料を支払うよう要求した。

3  そこで、右1の金二、〇一八万円から右2の金二〇〇万円を控除すると金一、〇一八万円となり、これが少なくとも被告が原告に求めうる本件建物の最低の買取価格である。

4  なお付言するに、本件建物については、昭和五二年七月から八月にかけて賃借人である訴外鎌田武夫が合計金二四三万二、九一〇円(内金一〇〇万円は被告が負担した)もの費用をかけて修理、改築したから、本件建物自体の価格は優に右金額を超えると考える。

5  さらに右買取価格の妥当性は次のことに照らしても肯定される。すなわち、本件建物の月額賃料は金七万円であるところ、本件土地の月額賃料ならびに諸税を考慮すると、原告は、本件建物を買取ることによつて少なくとも月額金六万円の新たな収入を得ることになり、これと、被告主張の買取価格を対比すると、その買取価格の妥当なことがわかろう。

(抗弁に対する認否)

被告主張のときならびに価格をもつて被告が本件建物買取請求権を行使したことを認める。

しかして、右の買取価格については、請求原因六項に主張したとおりである。

第三  証拠関係

証拠は、本件訴訟記録中の書証目録、証人等目録に記載のとおりである。

理由

一請求原因一項の事実、同二項の事実中の昭和五二年二月末日の本件賃貸借の期限が到来したこと、ならびに同三項の事実については、当事者間にいずれも争いがない。

そして、右三項の事実によれば、原告が被告に対してなした本件土地の使用継続についての異議は、遅滞なくなされたものと認められる。

二そこで、原告に異議の正当事由があるかどうかについて判断するに、まず原告側の事情について検討する。

1  原告が本件土地をその一部として含む別紙第三物件目録一の土地を所有し、その地上に同目録二の各建物を所有してそのうち1及び2の各建物に妻、長男、長女らとともに居住し、その余の3ないし7の各建物を第三者に賃貸していること、さらに原告が同目録三のとおり同目録一の右土地の一部を第三者に賃貸し、それぞれ賃借人らがこれら土地上に建物を所有していること、原告の妻がその実母や姉妹らとともに同目録四の土地を共有し、その地上に同目録五の建物を所有してこれを他に賃貸していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  また、原告が昭和五二年一月ごろ被告に本件賃貸借の期間満了とともに本件土地を明渡すよう申入れたところ、これに対して被告が「新居には自分だけが住む。本件建物には養子の高橋勝彦がその家族とともに引続き居住するので、本件賃貸借契約を更新してもらいたい。」と回答したことから、双方で更新料の金額について協議したが右期間満了時までに合意に至らず、結局、右契約を合意によつて更新するには至らなかつたことは、当事者間に争いがない。

3  右当事者間に争いのない1及び2の各事実、同じく争いのない請求原因三項の事実に、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を合わせ考えると、次の事実を認めることができ、反対の証拠はない。

原告は、本件賃貸借の期間満了を目前にした昭和五二年一月ごろ、被告が既に他所に住宅を建築中であると聞いたので、被告がこれを機会に本件土地を右期間満了とともに原告に明渡してくれるものと思い、明渡後はここに原告の長男が結婚したときの新居を設定しようとも考えて、被告に対し、期間満了とともに本件土地を明渡すよう申入れたところ、被告から前記のような回答がなされた。そこで、原告は、この回答のとおりであるならば本件賃貸借契約の更新もやむをえないと考え、被告と更新料の金額について協議にはいつたがまとまらず、結局、本件賃貸借契約を合意によつて更新するには至らなかつた。まもなく原告は、このように協議がまとまらなかつたことに加えて、被告が本件建物や新築中の建物のほかに多数の不動産を所有していることを知るに及んで、本件土地を引続き被告に賃貸する意欲を失なつてしまい、同年三月一六日、被告に対し、本件土地の使用継続について異議を述べるに至つた。

右の1ないし3の各事実によれば、原告は、本件土地に長男の新居を設定したいという願望をもつているものの、他に格別に本件土地を自ら使用する必要に迫られているわけではないと認められる。なるほど、前記1の事実からうかがわれる原告の居住する建物の所在地と本件土地所在地との位置関係に照らすと、長男の新居を本件土地に設定することが今後の親子関係等になにかと益するところがあろうことは容易に察しがつくが、それはそれにとどまり、それ以上にいますぐに本件土地に右新居を設定しなければならないというさし迫つた事情を認めることのできる証拠はない。

このように、原告が本件土地に長男の新居を設定したいという願望を抱いてはいても、これがためにさし迫つて本件土地を是非とも必要とする事情にあるわけのものでもない。

次に被告側の事情を検討する。

(一)  被告が本件建物のほか別紙第二物件目録一ないし六の各土地を所有し、さらに同目録七、九、一一の各建物を所有してそのうち七及び九の建物を他に賃貸して賃料収入を得ていること、同目録八及び一〇の各建物の所有名義人が被告の養子高橋勝彦であること、ならびに請求原因四項・3の事実は、当事者間にいずれも争いがない。

(二)  ところで、被告は、前記2において説示した原告から明渡要求に対してなした回答にもかかわらず、被告がこれまで本件建物に同居していた養子の勝彦の家族ら全員とともに昭和五二年四月二六日に新築なつた同目録八の建物に同年五月二五日に転居してしまつたのは、予定外のことであるというが、むしろ、<証拠>、右新築のなつた建物の規模ならびに弁論の全趣旨に照らすと、被告がひとり暮しをするには既に老齢であることから、被告らは、右建物を新築するにあたつて、これが完成したときには被告や勝彦の家族全員が本件建物に引越す予定であつたと推認でき<る。>

すると、、原告が本件異議を述べた当時、被告は既に本件建物から右新築の建物に引越す予定であつたから、その後約二ケ月程して予定どおり転居したことは、右異議を述べた当時の事情としてなおここにとりあげるのが相当である。

右の(一)及び(二)の各事実、ならびに<証拠>によれば、被告は、原告から本件土地の使用継続について異議を述べられた当時、既に別紙第二物件目録一ないし六の各土地ならびに同目録七、九、一一の各建物を所有し、そのうち七及び九の建物を他に賃貸して賃料収入を得ていること、養子の勝彦もまた同目録一〇の建物を所有して同じくこれを他に賃貸して賃料収入を得ていること、さらに被告は、当時新築中であつた同目録八の建物が完成したら、同居の養子勝彦の家族とともに本件建物から右新築の建物に転居するつもりでいたこと、そして現に約二ケ月後に被告らは予定どおり転居を終えて、本件建物から新築建物に生活の本拠地を移してしまつたこと、以上の事実を認めることができる。

そうだとすると、被告は、もはや本件土地を生活の本拠地としては必要としなくなつたものというべきである(前記当事者間に争いのない被告が昭和五二年六月に本件土地上の本件建物を訴外鎌田武夫に賃貸したことに照らすと、ことは一層明白である)が、それにもかかわらず本件土地を必要とするのは、その地上にある本件建物を他に賃貸するなどしてこれから賃料収入を得るなど、いわゆる営業利益をあげるためとしか考えられない(現にこのようにしていることは前記のとおり)。

そして、被告が別紙第二物件目録七及び九の建物を他に賃貸してこれから賃料収入を得ているという争いのない事実、また、被告と同居生活をしている養子の勝彦が同目録一〇の建物(共同住宅)を所有しているという争いのない事実から容易に推認できるところの、勝彦もこの建物を他に賃貸して同じく賃料収入を得ていること、さらには証人高橋勝彦の証言からうかがうことのできる勝彦が右賃料収入のほかに賃銀収入を得ていること、被告と勝彦が同居生活していることからうかがうことのできる被告が勝彦と同一生計のもとに生活していること、などの事実によれば、次のことがいえる。

すなわち、<証拠>から認められる被告が本件建物から月額金七万円の賃料収入を得ていることを考慮しても、被告がいま本件借地権を失い、本件建物を右のように使用収益できなくなるからといつて、これにより被告が経済的に著しい打撃を蒙り生活を維持できなくなるという事情はいささかもないというべきである。しかも、被告が本件借地権を失うといつても、まつたくなんの代償もなく失うというのではなく、のちに触れるとおりの本件建物の買取請求権を行使することによつてそれなりの対価をおさめうることを考えると、右の判断は一層是認しうるものと考える。

なお、被告は、本件借地権を失うと、今後なにかの事情で他の居住建物等を失つたときに困るというが、すでに説示した被告らの資産状態にかんがみると、この主張もとるに足りないものというべきである。

以上に、原告・被告双方の事情を検討したので、これに基づきさらに検討を進める。

まず原告・被告ともに自らの居住地を確保するために本件土地を必要とする事情はなにもなく、むしろ双方とも既に本件土地とは別のところにそれぞれの生活の本拠地を置き、しかもそれなりの資産を有してこれから収益をあげているのであつて、本件土地を使用収益しなければ生計を維持できないという事情にない。このように、本件土地を必要とする度合には、きわだつた差異がないが、わずかに原告が本件土地に長男の新居を設定したいという願望をもつているのに比して、被告にはそのような肉親の居住地として本件土地を確保したいという必要ないし願望もないという差異がみられる程度である。

しかし、ひるがえつて考えるに、当事者間に争いのない請求原因一項の事実に、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を合わせ考えると、原告の父である高橋松五郎と被告とは遠い親戚関係にあつて、本件土地はもともと被告の居住地を確保するために親戚のよしみで松五郎から被告に賃貸されたことが推認できるのであつて、この事実ならびに前記説示の被告の事情にかんがみると、被告にはいまや当初本件土地を必要とした事情がなくなり、三〇年間にわたつて本件土地を賃借しえたことによつて居住地確保という目的をじゆうぶんに達したといいうる。そうだとすると、本件異議が述べられたときの双方の事情に格別な差異がみられない本件ではあるが、この場合、所有者である原告を被告に優先させるのが相当であると考えるほかはない。

かくして、原告の本件異議には正当事由があるものというほかはなく、したがつて、本件賃貸借契約は昭和五二年二月末日の経過とともに期間満了により消滅したというべきである。

三ところで、被告が本件第五回口頭弁論期日(昭和五三年四月五日午前一〇時三〇分)において、原告に対し、本件賃貸借契約が期間満了により消滅したことを条件に本件建物を買取るよう請求したことは当事者間に争いがなく、もとよりこの買取請求は正当であるから、右同日、本件建物につき被告から原告への売買がなされ、この所有権は原告に移転したものというべきである。

してみると、本件建物を収去して本件土地を明渡すよう求める原告の主位的請求は、被告の本件建物の買取請求権の行使により失当に帰したので、これを棄却すべきである。

四そこで、予備的請求について検討する。

被告の前記の買取請求権の行使により、本件建物について、原告と被告との間に昭和五三年四月五日に売買が成立したことは前記のとおりであるが、その買取価額について争いがあるので判断するに、鑑定人小谷茂の鑑定の結果によれば、本件建物の右同日における時価相当額は金六五〇万円であることが認められる。

したがつて、本件建物の買取価額についての原告・被告の各主張は、ともに一部理由がない。

しかして、本件建物を訴外鎌田武夫が現に占有していることは既に説示したとおりであるから、このことを考慮すると、原告の予備的請求は、買取代金額を金五三四万八、九八〇円という点において一部失当であるが、その余は正当であるからこの限度において認容すべきである。

五以上のとおりであるから、原告の主位的請求を棄却し、予備的請求を主文記載の限度で認容し、その余を棄却することとし、民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(近藤敬夫)

第一、第二、第三物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例